中学校2年半不登校だった。後悔した当時の気持ちを呟く

記事が参考になればシェアお願いします↓

1

最初に、この記事では中学時代2年半不登校で、

現在後悔しているYUUKIが当時の気持ちをありのまま呟いています。

なので不快に感じる方もいるかもしれません。その点ご了承下さい。

不登校の始まりから卒業まで

中1の夏、なんで俺は学校に行かなくなったんだろう。

いや、教室に入ることが出来なくなった。



今でもあの時のことは鮮明に覚えている…思い出したら涙が出てくるぜ…

なんせあの時の行動一つで人生が180度変わってしまったからな…。





中学校に入学して2ヶ月、自分の中ではある程度充実した日々を送れていると思った。

友達もちょっとはいたし、部活では小学生の頃から期待されてたし、毎日必死に頑張っていた。



ただ5月頃から朝起きるのがとにかくだるくなったんだよ。



なんでか分からない。



だるいっていうのは我慢すれば行けるとかそういうレベルじゃない。

本当に、起きても身体が動かない、無理やり行って登校中倒れることもあった。。。



朝の掃除、部活…時間を取られることが多かった。



あと嫌いな女子がいた。中学校って無理やり女子と隣に座らせるよね。なんでだよくそっ。



いじめとはちょっと違うんだが、掃除の当番を押し付けたりするような奴らだった。

そいつらのことは今でも軽蔑してる。ふざけんじゃねえよ。



人生の中で一気に女を嫌いになった時だった。



それもストレスになって身体が起きれない原因になっていたかもしれない…。





中1の6月頃だった。この頃には学校を休みがちになり、遅くに行って保健室登校になってたさ。だってあの教室の雰囲気だぜ?シーンとした授業中の教室には入りづらいよ。

今思えば高校の教室はそんなことなかったから良かったな。ふざけんな中学。





この頃には9時10時に起きる体質になっていた。

だから11時頃学校に行く。



その日、体育の授業だった。



体育館で授業があったんだけど、遅刻して、途中から授業に参加しようとしたが周りの目が痛すぎて見学していた。



体調が悪いとかじゃなくて、途中から参加するのが怖かっただけ。





でも見学してると



なんだこいつ?



って思ってるだろう周りの目が痛すぎた。もういやだ…。



自分は体育館で泣いた。なぜだかわからない。見学して惨めに晒されてる自分が嫌だったのだろうか。そして、泣いたことにより更に自分が惨めに思えた…もう最悪だ。



こんな姿を晒してしまって、教室に行くなんてできなくなった…

なんか、そういう雰囲気だった。



今思えば、自分で自分の気持ちを整理する力が無かったのかもしれない…





担任の先生は自分の気持ちを何も理解してくれない。何話したって知らんぷりだ。



途中で家に帰ると親に「不登校だ」って思われるのが嫌で夜遅くまで外をうろついた。



帰ったら当然怒られた。そりゃ心配するよな。でも当時はそういうことしないとダメなぐらい精神状態がやられていた…。



勿論そんなことは自分がきちんと喋らないと周りは理解してくれない。



だが、上手く言葉にして自分の気持ちを伝えることが出来ない。

やっぱり心は中学生なんだ。





7月に入った。一学期はもう終わる。。



この頃にはもう完全に保健室登校…いや、保健室にさえ行けなくなっていた。



そして部活で県大会が控えていた。自分は出たかった。だが、県大会前の3日間は完全に学校に行ってなかった。



県大会当日、朝起きた。9時過ぎてる…



普通に遅れた。



もう行くのやめようかな…と思っていたら親に無理やり行かされた。





会場に着いた。

県大会は地元の高校の体育館で行われることになっている。



そこに行って、県大会の様子を外から見ていた。

すると校長が来た。



なんでお前は学校に来ないんだ!親にも迷惑かけて…



凄い説教が始まった。2時間ぐらいだっただろうか。

もう何を言われたか覚えていないがとにかく

頑張れば来れるだろ」的なニュアンスの発言でずっと責められた。



俺は号泣した。号泣したら負けだと思っていたが、号泣してしまった。

なんで校長は俺のことをこんなに責めたのか。意味がわからない。



不登校児の気持ちなんてまったく分かっていない!

そして自分は校長のことを、いや学校のことを激しく憎むようになった。



誰がこんなゴミみたいな中学校行くか



もう頭の中はそれだけだった。部活は行きたいけど…

いや、中学校の傘下にある部活になんて行きたくない!





一人の大人の発言で子供の考えが180度変わった瞬間だった。

この時、誰かに唆されてたら闇の世界へと向かっていたに違いない、

ってくらいの精神状態だった。



これが原因で完全に不登校に。



夏休みはネットで遊んで過ごし、

スポーツのビデオを見て研究して練習しまくっていた。

大会に出るわけでも、部活に行ってる訳でもないのに。





県大会が終わった後、部活の先輩達が家に来てくれた。

が、自分は当然出る訳ない。もう顔も会わせられない、無理だ…。



親や部活のメンバーは自分が人間関係で部活に行けなくなったと思っている。だが違うんだよ…でもなぜかそれを認めたくないのか、認めたら負けになってしまうのか分からないが、言えなかったんだ。



今思うと本当に訳が分からない。なんで、嫌ってことを言えないんだ?



でもきっと、それが中学生なんだろう。



夏休みに入ると引き篭もりとまではいかないが、

家に篭ってネットで自分のホームページ作成に夢中になり、

あまり外に出なくなった。



勿論親は心配する。このまま引き篭もりになってしまうのではないか…。

てか、当時自分もそう思っていた。



だが、そもそも自分は好奇心旺盛な性格をしていた為、小さい部屋に閉じこもるなんていうのは得意じゃなかったようだ。外に普通に出たりしていた。



性格的に特に用事がなくても外に出る、いわゆる「外篭もり」タイプだったから、

それが良い意味で良かったんだろう。





そして9月になる。

自分は9月になったら、



自然と教室に戻れるんじゃないか?



なんて思っていたが、現実はそう甘くない。





やっぱり教室での痛い目と、校長に責められたのを想像して行けなかった。

というか、朝起きれないし…。



結局、保健室にはギリギリ行けたが、10月には完全に不登校児になった。



当時、中1にして



もうなんか、人生終わったな…



って思ってた。



この状況を見かねたのか、12月に親が適応教室を紹介してくれた。



聞けば、適応教室とは学校とは別の施設で、

そこに通えば中学に出席してることになると言う。

→【適応指導教室について



あー、要は不登校児や障害者集めた施設ね、そいつらと同じ部類になるのか…



そして行ってみる。すると、何人か知ってる奴がいた。へぇーこういう所ね。



最初は全然馴染めなかった。だって周りの奴ら皆気持ち悪いし。



とか思ってたが、直ぐに自分もその気持ち悪い奴らと同類だということに気づき、

そんなことは思わなくなった。





それから適応指導教室で二年半、過ごすことになる。

たまには中学校の保健室に通ったりもした。修学旅行の説明会で教室にも入った。

何度か学校に再び通えるよう努力したが、無理だった…。





中二の時に行われた修学旅行には一応行った。適応教室に通ってた奴らは



誰が修学旅行になんか行くか



って不良ぶってる奴もいた。だが自分は、修学旅行という人生で数回しかない大事なイベントには行っておかないと損だと、思った。



周りには



ただ飯食えるから行くわ~



とか建前を言ってたのが懐かしい。変な意地っ張りだ。



普段学校に行ってなかったので、周りの奴は気を遣ってくれた。

わざと自分に話しかけてくれる奴も沢山いた。





でも、自分からしたら、その気遣いまで全て分かってしまうので、自己嫌悪していた。

いや、ほんとごめん

って感じで。



勿論そんなことを皆に言える訳ない。





そういえば当時好きだった子と同じグループになれたな。何にも話せなかったけど。



なんで中学生という一番青春真っ盛りの時に、恋愛を出来なかったんだろう。

もう本当に自己嫌悪に陥る。



そして中学三年になり、ついに高校を選ぶときが来た。





当時から自分は起業したいと思っており、

起業して食っていければ高校行かなくてよくね?

なんて考えてたけど、

結局何もせずに高校に行くことになった。



今思えば、それで正解だ。。。



高校は知人から勧められた通信制高校に通うことになった。



通信制と言っても、その高校にはサポート校というキャンパスがあり

大学みたいな感じだと説明された



そして実際に学校に行き説明を受けた。かなり綺麗でここならいいかな

と親に学費を払ってもらうのに上から目線で考えていたな。



YUUKIが通っていた通信制高校での体験談は↓

➔【通信制高校のメリット・デメリットを元生徒が公開!



高校を通信制に決め、卒業式にも一応行った…

卒業アルバムを見る。

一応卒業写真は撮ったけど、自分は眉毛もそってなかったし顔もこの世の終わりのような顔をしていたので相当ブサイクであるw





中学三年間は、コレで終わりだ。


自分のことを周りに話そう、そして世界は広いよ



自分が何故不登校になったか。



朝起きれなかったこと

周りの目を気にしていたこと



この二つが主な原因だ。



でも本当に、怠け者って訳じゃないんだよ、

自分の中でかなり深刻なことだったんだ。



ただ、不登校で悩んでる人に、これだけは言いたい



世界は学校の中だけで回っていない



自分は不登校以前、学校が全てだと思っていて、勿論先生にも逆らえないし

どういう風な対処をしたらいいか分かっていなかった。

不登校になったけど、自然と人生終わったって思ってた。



でもネットで世界の色んな情勢を知って、

「あ、なんだ世界って、学校だけで回ってないじゃん」

と思うようになり、完全に学校への見方、てか世間への目が変わった。



なんだ、結局早く自分で自立するしかないじゃん」



と考えるようになり、この頃から



早く自分で稼げるようになりたい

一人暮らしを早くしたい

会社を立ち上げて社長になりたい

と思うようになった。



そういう気持ちもあって、「誰が学校になんか行くか」

って思ってたのかもしれない。



不登校になって悩んでる人には

別に不登校ってそんな深刻なことではない、と言いたい。



が、行けるなら行った方がいい



というか、

自分の本当の気持ちを、周りの人にはっきりと言えるようになるべき



当時の自分も、気持ちの整理が出来てなくて、変なプライドもあり、

家族や先生やカウンセラーに本当の気持ちを言えてなかった気がする。



そもそも、自分自身のことをあまり分かっていなかった。



自分のことを周りに言う、

それだけで、かなりの事が解決するはずだ。



自分の気持ちなんて発言しないと理解されない。

周りの人がこう思ってくれる、とかそういうのはないんだ。



だから色んな人に積極的に話そう。自分の本当の気持ちを。


今の俺の気持ち

最後に、不登校のまま中学を卒業した俺の今現在の気持ちを語ります。



俺は現在、起業家として活動しているのですが、

何故会社で働かず起業したのか?と言うと、

中学時代不登校で悔しい思いをしたから、人生でそれを取り返そう」

という想いがあるからです。





ぶっちゃけ、今の自分の原動力は殆どが中学時代の不登校です。

ただ、結果的に不登校でよかった、なんて思いません



不登校だったせいで失ったものは数知れません。



勉強だって同世代と比べたら追いついていないし、人間関係だって上手く出来ません。

今の自分が持ってる知識は、学校で学んだんじゃなくて、全部自分で実践して学びました。



結果、現在俺は同世代の平均年収を上回っており

自由に使える時間もあって、好きなことをして生きていけています。





長くなったし、ばーと書いたので文章も支離滅裂だけど、

中学時代の同級生のFacebookとか、mixiとか見ていたら

急に書きたくなったので書きました。



この記事が不登校児に届いて、

何か一つでも助けになれたら、嬉しいです。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で